コピペという言葉で一括りにしないで欲しい。早稲田大学理工系出身が思う善のコピペと悪のコピペ

By | 2014/03/15

早稲田大学の理工系におけるコピペ文化について

早稲田大学の理工系の非コピペ文化について/電気・情報生命工学科の学生から

 

早稲田大学理工学部の実態はどちらなのでしょうか。コピペ文化は存在するのでしょうか。

 

結論としては両方の事象が起きているはずです。学部全体の文化になっているかどうかはOBである僕としては「文化にはなっていない!」と主張したいところですが、そう結論づけるほどの判断材料を持ち合わせてないので自粛しておきます。(少なくとも僕が所属していた学科&学年では文化にはなってませんでしたが)

そこで、僕が主張できる事はなにかと考えた時に、そもそもコピペという言葉で一括りにしている事に違和感を持ち始めたので、ここについて述べていこうと思いました。

 

述べるまでの事では無いかもしれませんが“善のコピペと悪のコピペ”がある事を理解してもらえたらありがたいです。

 

コピペの種類

まずはコピペという横文字があいまいなので、ここでいくつかに要素分解しておきます。コピペという言葉に近い単語としては、

・丸写し

・引用

・参考

このあたりがあるでしょうか。この3つの単語を見比べてみると、丸写し>引用>参考の順で悪っぽさがありますね。

“参考”においては、ほぼほぼ悪ではないと思います。そうなると、引用という単語の範囲内に悪と善の境目があるかもしれません。

 

“引用”の事例

それでは、丸写しではない“引用”の範囲内に入るであろう2つの事例をもとに、ここから先の話は深めていきましょう。

 

事例1「真面目な人が損をしてしまう引用」

ある真面目な人が頑張ってレポートを作成した。そのレポートを全く勉強のしてこなかった人達が借りて、自分なりに考察に彩りを加えたりオリジナルに見えるように文章を加筆(こういう人達はこういう力は持っています)したりして提出。提出されたレポートだけ見ると、真面目な人が書いたものよりそれをコピペした人の方がよい内容になっていて、成績をつけるとしたら後者の人の方が高くなってしまった。

 

これは悪に入るでしょう。真面目な人は踏み台じゃありません。ずる賢さをトレーニングするのが大学でもありません。

 

 

事例2「基礎力を身につけるための引用」

大学1年の時に必修で行う基礎実験。実験を終えたあと2週間以内にレポートを提出する必要がある。今回のテーマは非常に自身が関心の強い分野なので、実験の指導書だけでなく図書館で借りてきた文献も読み進めて、そこに掲載されていた内容があまりにも印象的だったので、自分のレポートの考察にもその内容を記載した。

 

こちらは善なはずです。自ら勉強のために得た知識を自身のアウトプットとしても活用しています。

 

…と、2つの事例をあたかも全く違う事例として書いてみましたが、

実は2つの事例は「自分よりも頭のよい人の書いたものを参考にし、自分の言葉にした」という点ではまったく同じなのです。

 

2つの事例の違いは、何のための引用なのか、その目的が違うという所。

 

まとめ

コピペという事象には、「どの程度写したのか」という指標以外に「何のために写したのか」という指標も踏まえて細分化する必要があるのではないでしょうか。そう思うと“丸写し”という範囲の中にも善の行動があるのかもしれません(レポートとはズレますが、写経はまさに善の丸写しですね)

 

そういった目に見えにくい指標を入れる事で判断がしにくくなる事は承知の上ですが、何はともあれコピペという一つの言葉だけ一括りにしてほしくないという主張でした。

 

書いている人のプロフィール

数学のお兄さん

横山明日希(@asunokibou) 数学のお兄さん。理系、恋愛、WEBの3本柱でイベント開催やコラム執筆など。キーワードは「日常に科学を、人生にワクワクを」「世の中のミスマッチをなくす」「掛け合わせればナンバーワンになる」 詳細プロフィールはこちら